飛ぶ教室/ケストナー作

この劇の中で、ビラミッドの中に吸いこまれ、再び天国で姿をあらわすおさげの美しい少女こそ、彼らの心の中に育ちつつあるまだ幼ない女性のイメージの最初の出現といえるかもしれません。

この劇の作者は両親に棄てられた孤児だったが、その子にとっても、母や父のイメージは、現実のうしろにきらきらと輝いている。

やがて、そこに美しい女性のイメージが加わって、子どもはおとなになるのです。

彼らにとって、そして、この本を読む人々にとっても、このクリスマスの意義深い死と再生のイメージは、大きな意味を持つものでしょう。

飛ぶ教室/ケストナー作

第四幕は北極に着陸し、極地もまたたいらであることを確認して、電送写真で新聞社に送ったりするが、やがて先生の間違いやら、かじの故障やらで、最後の五幕には天国に到着してしまう。

その天国では、聖ペテロが縦の木の下で新聞を読んでいたりして、特に地上とかわったこともないが、みんなでピラミッドの中に連れこまれた少女を戻してもらえるように願うと、たちまち、雲の間から少女があらわれる・・・といった趣好のものです。

この幻想と現実と未来の夢のからんだあり方こそ、中学頃の少年たちの心そのものといえるでしょう。

彼らはまだ、現実の母に甘えているが、やがて一人前になって、母のもとから飛び立ち、それぞれ伴侶を見出して、おとなの人生に出発していくことでしょう。

飛ぶ教室/ケストナー作

第三幕はエジプトで、ギゼーの大ピラミッドの付近に飛行機は降下し、ビラ、ミッドの中から古代エジプトの王であるラムセスニ世があらわれて、説明をする。

最初はまったく現実的な現地での実地検証的な授業であった飛ぶ教室は、次第にファンタジーの要素を強めてくる。

しかし、星占いなんてとっくに死んでしまったという少女の言葉に立腹したラムセスニ世は、みんなのマスコット的な存在であるこの少女をピラミッドの中にひきずりこんでしまう。

そこで一同は悲しみながらも再び出発する。

飛ぶ教室/ケストナー作

第一幕では、生徒の一人が演じるつけひげをつけた中学の先生が、地理の現地授業を行なうために、飛行機で出発する場面で、子どもたちは横木に腰かけて、飛行機に乗った気分になる。

その中には、一人の学生の妹を演じるために、金髪のおさげのかつらをつけて、女の子の服を借りて着ている少年もまざっています。

第二幕では、ベスビアス火山の火口に着陸し、古代ローマの町や、噴火で埋まったポソペイについての質問や授業があり、最後に先生は、背景の絵に描いた火山の炎で葉巻に火をつけ、再び出発する。

飛ぶ教室/ケストナー作

おそらくクリスマスの本当の意味は、子どもにとっては、欠けている部分を補い、おとなにとっては、失われたものを再発見し、永遠の少年のイメージを心の奥にかいまみて、あの全体的で豊かな子どもの心の拡がりを、さらに自分のものにすることなのではないでしょうか。

一度捨てた子どもの心をとり戻すのが、おとなになることだというのは、パラドックスのようだが、その矛盾した真実を、ケストナーはなんとかして語ろうとして、この『飛ぶ教室』を書いたように思います。

こうして、主人公の一人の少年が書いた『飛ぶ教室』とよばれる劇が、いよいよ上演されることになります。

飛ぶ教室/ケストナー作

クリスマスは、キリスト教圏の国々では、幼な子キリストの名を讃え、マリアとキリストの、あの聖母子像の限りない一体感を心に感じ、すべての人々にやさしさと暖かさをふりまきます。

誰もがサソタクロースの気分になり、子どもを愛する母の心がそこら中に満ち溢れる。

正義先生は貧しい子どもに旅費がないのを発見して、ポケット・マネーをふりまくし、過保護で弱虫の少年は、足をけがして寝ていることで、この事件に責任を感じた強い子どもの友情をかちとる。

しかし、なによりも大きな愛のプレゼントは、子どもたちが二人の別れてしまった半身同志のような先生たちを引き合わせたことだろう。

それはまた、禁煙先生を学校の校医として招くことになるという、子どもたちへの大きなプレゼントとして戻ってきます。

こうしてすべての人が足りないものを補い合い、一人ひとりの心がさらに大きな成長をとげて、新しい人生へと出発する。

「ヘレン・デミデンコ事件」もありました。

彼女がウクライナ人であったからという理由で、この作品が評価されたのかどうかをめぐって議論が沸騰したそうです。

現代は、かつて迫害を受けた人hや少数派の人々の主張が認められる時代であり、また世間の目が差別や迫害を弾劾する時代であるからこそ、それを逆手にとって成功する作家も出てくるわけです。

そういう作家はある意味では時代を読みとっていたともいえますが、しかしこうしたケースはやっかいな問題を残します。

かつてオーストラリア社会の歴史のなかで、周辺に追いやられていた人々、たとえばアボリジナニ作家や、女性、そしてゲイやレスビアン作家もこれに当てはまります。

しかしこうした状況ならではの問題がないわけではありません。

1970年代にクロアチア人が自らのアイデンティティを偽って、アボリジニ名で作品を書き、世間の注目を浴びるという「B.ワンガー事件」がありましたが、90年代には、イギリス系移民の女性がウクライナ人を装って作品を書き、オーストラリア文学の権威ある賞のほとんどを獲得したといいます。

アリスン・プロイノウスキーは『イエロー・レディ』(1992)のなかで、オーストラリア人がかつてのようにヨーロッパに目を向けたり、大陸内部に目を向けたりする時代は終わり、これからは西洋と東洋の橋渡しをするべくアジアの一員になる時代に入っていると述べています。

いずれにしても、これまで周辺に位置していた少数派に属する人々による文学の存在が認められるようになったのは、これまで主流にあったアングロ・ケルティックやヨーロッパを中心とした一極中心的な文学の流れが、ポスト・モダンの時代に入り細分化、断片化され、さらに冷戦後の新しい政治的な構造とも相侯って、ポスト・コロニアノレ文学という位置づけもなされるようになりました。

ポスト・コロニアル文学の対象となるのは、必ずしも移民作家だけではありません。

1970年代以後はアジア系作家の存在が目立ち始めています。

最近では香港出身のブライアン・カストロなどの活躍が見られますが、このほかにも英語を第一言語としない移民によって作品が書かれるようになり、そして多文化文学と称する、移民によって書かれた文学のジャンルも生まれました。

1980年代になると、70年代当時では文化的にまだ見えない存在でしかなかった移民作家たちが、オーストラリア文学のなかでも主流派の一部として受けとめられるようになったそうです。

現在のオーストラリアの移民作家たちは、オーストラリア人の特質を追究するよりも、一個人として自分が何者であるか、あるいは何者になろうとしているのかという、個人としてのアイデンティティを探っているとのこと。

それと同時に、オーストラリアがアジアと共存する時代を迎えたことも感じさせます。

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