「ヘレン・デミデンコ事件」もありました。
彼女がウクライナ人であったからという理由で、この作品が評価されたのかどうかをめぐって議論が沸騰したそうです。
現代は、かつて迫害を受けた人hや少数派の人々の主張が認められる時代であり、また世間の目が差別や迫害を弾劾する時代であるからこそ、それを逆手にとって成功する作家も出てくるわけです。
そういう作家はある意味では時代を読みとっていたともいえますが、しかしこうしたケースはやっかいな問題を残します。
かつてオーストラリア社会の歴史のなかで、周辺に追いやられていた人々、たとえばアボリジナニ作家や、女性、そしてゲイやレスビアン作家もこれに当てはまります。
しかしこうした状況ならではの問題がないわけではありません。
1970年代にクロアチア人が自らのアイデンティティを偽って、アボリジニ名で作品を書き、世間の注目を浴びるという「B.ワンガー事件」がありましたが、90年代には、イギリス系移民の女性がウクライナ人を装って作品を書き、オーストラリア文学の権威ある賞のほとんどを獲得したといいます。
アリスン・プロイノウスキーは『イエロー・レディ』(1992)のなかで、オーストラリア人がかつてのようにヨーロッパに目を向けたり、大陸内部に目を向けたりする時代は終わり、これからは西洋と東洋の橋渡しをするべくアジアの一員になる時代に入っていると述べています。
いずれにしても、これまで周辺に位置していた少数派に属する人々による文学の存在が認められるようになったのは、これまで主流にあったアングロ・ケルティックやヨーロッパを中心とした一極中心的な文学の流れが、ポスト・モダンの時代に入り細分化、断片化され、さらに冷戦後の新しい政治的な構造とも相侯って、ポスト・コロニアノレ文学という位置づけもなされるようになりました。
ポスト・コロニアル文学の対象となるのは、必ずしも移民作家だけではありません。
1970年代以後はアジア系作家の存在が目立ち始めています。
最近では香港出身のブライアン・カストロなどの活躍が見られますが、このほかにも英語を第一言語としない移民によって作品が書かれるようになり、そして多文化文学と称する、移民によって書かれた文学のジャンルも生まれました。
1980年代になると、70年代当時では文化的にまだ見えない存在でしかなかった移民作家たちが、オーストラリア文学のなかでも主流派の一部として受けとめられるようになったそうです。
現在のオーストラリアの移民作家たちは、オーストラリア人の特質を追究するよりも、一個人として自分が何者であるか、あるいは何者になろうとしているのかという、個人としてのアイデンティティを探っているとのこと。
それと同時に、オーストラリアがアジアと共存する時代を迎えたことも感じさせます。