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    <title>コロコロ</title>
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    <updated>2011-08-11T03:07:54Z</updated>
    <subtitle>分厚すぎて重ねると崩れる</subtitle>

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    <title>最優先</title>
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    <summary>私は、ある事情で、日常生活すべてを人前でせねばならない状況に長く置かれたことがあ...</summary>
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        <![CDATA[<p>私は、ある事情で、日常生活すべてを人前でせねばならない状況に長く置かれたことがあるのだが、そのときは、1週間排便がなかった。</p>

<p>人前とはいえ、他の人は目をそむけているわけだし、もちろんオムツではなく、ちゃんとした水洗トイレで、肝心のところは隠されているという状況ですらそうなのである。</p>

<p>多くの介護者は、「老人だから便秘気味なのだ」と考えているかもしれないが、オムツ老人に下剤や涜腸が必要な理由の第1番めは、オムツのせいなのである。</p>

<p>ましてや前に述べたとおり、上を向いた姿勢では腹筋も働かないし、重力も味方してはくれない。</p>

<p>さらに下剤や涜腸の常用は、排便反射をますます消失させてしまうという悪循環に陥ってしまう。</p>

<p>訓練より排泄のための離床介助をさて、われわれ介護者はどうすればいいのか。</p>

<p>老人ホームの介護職だけでなく、治療の場にちゃんとした介護を実現しなければ、治療効果もあがらず、本当の看護はないと考えている看護職、さらには、在宅障害老人の生活づくりを真剣に考えているいろんな職種の人たちにとって、何より義的にやらねばならないこと、それが「排泄最優先の原則」である。</p>]]>
        
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    <title>反射運動</title>
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    <summary>私たち人間は、社会性を獲得する代償として、便秘という宿命を負ってしまった、といえ...</summary>
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        <![CDATA[<p>私たち人間は、社会性を獲得する代償として、便秘という宿命を負ってしまった、といえる。</p>

<p>「さて、便意は、しばらく我慢していると、直腸壁の緊張が低下して、便意を消失させることができる。</p>

<p>また、意識的に外肛門括約筋の緊張を強めても排便を抑えることができる。</p>

<p>しかし、このようなことを常に行っていると、普通の直腸圧の増加では便意が起こらなくなり、いわゆる常習性(直腸性)便秘の原因となる」(前掲書)</p>

<p>なるほど、本来、反射運動であるはずの排便が、例えば、朝、時間がないとか、仕事中だからといった理由で便意を無視していると、排便反射が起こらなくなってしまい、ますます便秘気味になるというわけだ。</p>

<p>せっかくの排便反射を在宅でも施設でも、障害老人たちのじつに多くが下剤や浣腸に頼って排便をしているのも、同じ理由である。</p>

<p>介護上の理由から、せっかくの彼らの排便反射を抑制し、消失させてしまったのである。</p>

<p>なにしろ、トイレに行けないというだけで、当然のようにオムツを当てられ、その中に排便するよう強制させられるのだ。<br />
</p>]]>
        
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    <title>しくみ</title>
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    <summary>排便を催す、つまり、便意とはいったいどのような仕組みによるのだろう。 再び『図解...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lakemills.info/">
        <![CDATA[<p>排便を催す、つまり、便意とはいったいどのような仕組みによるのだろう。</p>

<p>再び『図解生理学』の「排便」の項を読んでみよう。</p>

<p>「直腸壁が糞便によって伸展され、直腸内圧が30～50mmHgぐらいに高まると、直腸壁に分布している骨盤神経を経て興奮が脊随および大脳へ伝えられて便意が起きる」</p>

<p>ふむふむ。</p>

<p>食べ物が胃に入ると、反射的に総蠕動で糞便が直腸に送られ、直腸壁が伸びることで便意が生じるのか。</p>

<p>「便意が起きると反射的に直腸の蠕動、内肛門括約筋の弛緩が起こって糞便が体外に排泄される。</p>

<p>これが排便反射defecationreflexといわれるもので、随伴症状として、随意的な腹圧の充進、声門を閉じて息をつめるなどの現象が加わってくる」</p>

<p>ここまで読んだなら、私たち、老人の排泄介助に関わっている者が見逃してはならない点に気づかねばならない。</p>

<p>それは、排便とは、すべて反射運動として記載されているということである。</p>

<p>反射という、自分の意志ではなくて自動的に行なわれるものである。</p>

<p>随意的に行なわれるものは、ただその反射を助けるために最終局面で行なわれる、「腹圧の尤進、声門を閉じて息をつめるなどの現象」、つまり、"ふんばる"という動作だけなのである。</p>

<p>となると、なるほど、直腸は糞便をためる器官ではなく糞便を排出する器官なのだ。</p>

<p>もし、こうした排便反射だけで排便が行なわれるのであれば、話は簡単である。</p>

<p>鳥のように空を飛びながら、牛のように歩きながら排便することになるから、便秘もないし、したがって、どうやって自然排便に近づけるか、なんてことも考えることはない。</p>

<p>その代り私たちは、社会性を失わねばならない。</p>]]>
        
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    <title>介護の知識をもっと</title>
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    <summary>嬉しい知識またまた『図解生理学』(医学書院)を開いてみる。 「排便」の項の最初か...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lakemills.info/">
        <![CDATA[<p>嬉しい知識またまた『図解生理学』(医学書院)を開いてみる。</p>

<p>「排便」の項の最初から読んでみることにしよう。</p>

<p>「糞便feceは、普通、下行結腸からS状結腸にあって直腸には存在しない」(195ページ)あれっ、と私は思う。</p>

<p>そうか、直腸には普通、糞便はないのか。</p>

<p>このことはちゃんと確認しておく必要がある。</p>

<p>私たちはなんとなく、直腸とは便をためるところだと思ってはいないだろうか。</p>

<p>特に摘便を日常的に行なっている介護職や介護者は、直腸に便があるのは当たり前だと思いこんでいるかもしれない。</p>

<p>続いて読んでみよう。</p>

<p>「これはS状結腸と直腸との間の輪状筋が収縮して糞便の通過を制限しているためで、量が多くなると自重によって直腸内に入るか、あるいは総購動によって直腸に送られる」</p>

<p>総蠕動という言葉が出てきた。</p>

<p>さいわい、『図解生理学』の前の項が、「大腸における消化」で、そこに説明が出ている。</p>

<p>「横行結腸以下の蠕動は、24時間に1～2回しか行われない。</p>

<p>しかし食事を摂ると、横行結腸からS状結腸にかけて急激に強い蠕動運動が起こる。</p>

<p>これは胃結腸(大腸)反射gastrocolicreflexによるもので、これによって結腸の内容が直腸に移送される。</p>

<p>これをとくに総(大)蠕動massperistalsisと呼んでいる」なるほど、朝食後に排便を催すことの多いのは、こうした仕組みによるのか。</p>

<p>こうした、日常の実感を意味づけてくれる理論は嬉しいなあ。<br />
</p>]]>
        
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    <title>介護のことについて</title>
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    <summary>自然な排便とは さて、排泄という領域で、この方向性をめざすとは、いったいどういう...</summary>
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        <![CDATA[<p>自然な排便とは</p>

<p>さて、排泄という領域で、この方向性をめざすとは、いったいどういうことだろうか。</p>

<p>自発的で主体的な排便なんてものがあるのだろうか。</p>

<p>まず第一には、姿勢である。</p>

<p>座って排泄することは、科学的でもあり、主体的な方法でもある。</p>

<p>逆に、いまだに大半の病院や施設で行なわれているような寝たままの排泄のほうが、非科学的で受け身的なやり方だということになる。</p>

<p>座って排泄する理由は、何とか重力や腹圧を利用して、"自然な"排便を実現しようというところにある。</p>

<p>では、"不自然な"排泄とは何かというと、浣腸や下剤に頼った排便ということになる。</p>

<p>いくら便秘が痴呆性老人の問題行動の原因だといっても、毎回のように浣腸で処理してしまうのでは、問題行動を消失させようとして老人を受け身的にし、新たな問題を生じさせるかもしれない。</p>

<p>なんとか、自発的で主体的な自然排便に近づけるため、姿勢以外にはどんな条件があるだろうか。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>万物創世の叙事詩と占い</title>
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    <summary> 神さまが世界を創造し人類を生み出したという壮大な叙事史は、人間自身がかんがえ出...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lakemills.info/">
        <![CDATA[<p><br />
神さまが世界を創造し人類を生み出したという壮大な叙事史は、人間自身がかんがえ出したのか・・・</p>

<p><br />
それとも神さまが人間にその正当さを気付かせたのか？</p>

<p><br />
あまりにも幽玄・神秘な問題であって、とうてい私などの判断できることではない。</p>

<p><br />
ところで私は、こういう解説を誰かに聞いたことがあります。</p>

<p><br />
・・・万物の精霊や神々は当然、人間より上等の存在であるに違いない。</p>

<p><br />
何故かといえば、それらは純粋に人間の想像そのものであり、純粋に精神の産物である。</p>

<p><br />
してみれば物質から進化したわたしたち人類にくらべては、神や精霊は人間の精神から進化したものである以上、その存在に対しては人類が疑いをもつことは、ぜったい有りえないことである。</p>

<p><br />
云々・・・。</p>

<p><br />
<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話での占いはココ</a>です。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>生きかたにプラスアルファ　５</title>
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        <![CDATA[<p>新しく会社を設立する場合、社是、社則、職務規定などのルールは、三日もあれば立派につくれるが、随規というのは簡単にはできない。</p>

<p><br />
根づくのにそうとう時間がかかる。</p>

<p><br />
よくスポーツなどで伝統のある学校やチームは強いといわれるが、その伝統というのは長年にわたって培われてきた試行錯誤の集大成です。</p>

<p><br />
一朝一夕にはできない。</p>

<p><br />
随規もおなじことで、社会や会社などが長い時間をかけて、あちこち頭を打ちながらつくりあげた結果です。</p>

<p><br />
よく新任や転勤者が〈とうぶんは勉強させていただきまして〉と殊勝な挨拶をするが、あれは〈陋規の勉強をしたい〉という意味です。<br />
</p>]]>
        
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    <title>生きかたにプラスアルファ　４</title>
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        <![CDATA[<p>組織には正式の登用基準のほかにしぜんにできあがった内規とか不文律のようなものがあって、組織員はみんな自分の組織の人事の随規をもっています。</p>

<p><br />
それに合わないとみんながおかしいと感じます。</p>

<p><br />
その狂いが許せる範囲ならいいが、逸脱が激しくなると組織が崩壊しだす。</p>

<p><br />
世間によくある閨閥とか学閥、門閥派閥なども随規の範囲内なら許されるが、こういうものはレベルが上がりやすいので、随規の乱れが一挙に革命に進むケースが多い。</p>

<p><br />
法をつくるのは簡単にできます。</p>]]>
        
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    <title>生きかたにプラスアルファ　３</title>
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    <summary>組織のなかで随規がいちばん重要なのは人事の場合です。 人事はどんな組織でも、トッ...</summary>
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        <![CDATA[<p>組織のなかで随規がいちばん重要なのは人事の場合です。</p>

<p><br />
人事はどんな組織でも、トップダウンというか、上が人事権をもっていないとうまくいきません。</p>

<p><br />
選挙制では組織がだんだん弱くなります。</p>

<p><br />
現在の自民党や社会党がよい例です。</p>

<p><br />
しかしここでいちばんだいじなことは、人事は上がやるにしても、その人事がよかったかどうかを評価するのは下だということです。</p>

<p><br />
下の連中はわからないようでも、ちゃんと評価しています。</p>

<p><br />
あの人事はおかしいんじゃないかとか、どうしてあんなやつを抜擢したんだとか不審が多くなると組織は活力を失います。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>生きかたにプラスアルファ　２</title>
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    <summary>会社の場合でも随規の水準はちがいます。 たとえば出勤時間が８時というのは清規だが...</summary>
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        <![CDATA[<p>会社の場合でも随規の水準はちがいます。</p>

<p><br />
たとえば出勤時間が８時というのは清規だが、遅刻扱いにはアローワンスがあります。</p>

<p><br />
ある会社はタイムレコーダーが一分過ぎても遅刻扱いになるし、他の会社は五分まで、また別の会社は１５分までオーケーです。</p>

<p><br />
また、たとえぽ、私用電話はいかん、あるいは、会社の用箋を私用に使ってはいかんというのは、表向きの規則です。</p>

<p><br />
ところが、実際にはそれくらいのことは見逃しているし、また、交際費についても、決算が終わったあと、経理課長が部下の社員を飲みに連れていく程度は、社用の交際費を使ってもいちおう黙認されています。</p>

<p><br />
このアローワンスが就業規則に明記されていれば清規だが、ふつう職場ごとで暗黙の了解になっているケースが多い。</p>

<p><br />
この暗黙の了解が随規です。</p>

<p><br />
官庁なんかでも課ぐるみ、局ぐるみカラ出張でカネを浮かせたなどの不祥事件がよく新聞にでるが、随規上は、課や局でカネを集めてみんなで使うぶんにはルール違反にならないが、一円でも自分のポケットに入れると、内部から告発されるという約束事になっているらしい。</p>]]>
        
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    <title>生きかたにプラスアルファ　１</title>
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    <summary>現在の学校教育では体罰は禁止されているが、戦前の中学あたりではぶん殴られるのが日...</summary>
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        <![CDATA[<p>現在の学校教育では体罰は禁止されているが、戦前の中学あたりではぶん殴られるのが日常茶飯事だった。</p>

<p><br />
生徒自身殴られることが教育だとわりきっていたきらいもあります。</p>

<p><br />
なかには教練の教官の機嫌が悪かったために殴られたなんて理不尽なケースもしょっちゅうだが、だれもそれをおかしいとは思わなかった。</p>

<p><br />
体罰一つでもその時々によって善悪のレベルがちがうので、体罰はけしからんといっても、その時代背景がどうであったかを考えないと判断をあやまることになります。</p>

<p><br />
この判断の基準がその時代の随規です。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>人間の成長について　４</title>
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    <summary>前回の続きですが、教育というものは、タイミングなんです。 よいタイミングに幼児教...</summary>
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        <![CDATA[<p>前回の続きですが、教育というものは、タイミングなんです。</p>

<p><br />
よいタイミングに幼児教育がなされなくては、脳みそは柔かくてぐんぐんできて、90パーセントできあがるので、九歳までによい環境を与え、よい刺激を与え、よい躾をする。</p>

<p><br />
このだいじな時期をはずしてはいけません。</p>

<p><br />
或る親は九歳ぐらいまでは、何をしたって解らないんだから、放っておきましょう、といって、良い悪いも教えないで、さて中学校になってから、そろそろ大学受験が近づいたから、さあやりましょうといっても、もう手遅れです。</p>

<p><br />
このような考え違いをしている人が多いのです。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>人間の成長について　３</title>
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    <summary>物事には、タイミングが必要です。 お料理もそうでしょう。 グラグラ煮えたった時に...</summary>
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        <![CDATA[<p>物事には、タイミングが必要です。</p>

<p><br />
お料理もそうでしょう。</p>

<p><br />
グラグラ煮えたった時に塩味をつけるとか、砂糖を入れるとかで、時期を誤って後から、いくら砂糖をふりかけても、もうよい味はでてきませんね。</p>

<p><br />
天ぷらでもそうですね。</p>

<p><br />
油が煮えたつときに、さっと入れるタイミングが必要です。</p>

<p><br />
このタイミングがはずれて、ぬるい油の中に入れた天ぷらなどはちっともうまくないですね。</p>

<p><br />
びちゃびちゃしちゃって、そんなものは食えたものではありません。</p>

<p><br />
人間もそうなんですよね。</p>

<p><br />
何事もタイミング。適した時があるんです。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>人間の成長について　２</title>
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    <summary>牧師にひき取られて9年目に姉娘のアマラも死んでしまうのです。 結局、アマラとカマ...</summary>
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        <![CDATA[<p>牧師にひき取られて9年目に姉娘のアマラも死んでしまうのです。</p>

<p><br />
結局、アマラとカマラという狼に育てられた女の子を教育して解ったことは、人間の子は、9歳位までに脳みそはいちばん発達するので、この脳みその柔かくて、ぐんぐん、ぐんぐん発育するときによい教育をしないと、その時期を過ぎてからいくらとり返そうと思っても、もう手おくれであるというのです。</p>

<p><br />
つまり、人間は、ある時期に教育をしないと、手おくれになってしまうというのです。</p>

<p><br />
皆さんもそうでしょう。</p>

<p><br />
こういう晴れた日に、洗濯物をほして、パッと干さないと、日が陰ってから干してみても乾きが悪いでしょう。</p>

<p><br />
やっぱり「鉄は熱いうちに打たなければならない」「枯草は日のあるうちに干さなければならない」などと言うようにタイミングというものがあるんですね。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>人間の成長について　１</title>
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    <summary>こんにちは。昔の話ですが、狼に育てられた少女がいました。 それを保護して、人間と...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lakemills.info/">
        <![CDATA[<p>こんにちは。昔の話ですが、狼に育てられた少女がいました。</p>

<p><br />
それを保護して、人間としてちゃんと生活できるようにしたわけです。</p>

<p><br />
牧師夫婦は根気強く、姉娘を教育しましたので、だんだん下着なんかも着るようになり、パンツも自分ではかないと恥ずかしがるようになって、人間らしくなってきました。</p>

<p><br />
それから、ニワトリ小屋へ行くとちゃんと卵をもってくるようになって、ニワトリに噛みついて血だらけにして、生きているニワトリを食べるようなことをしなくなっただけ狼から遠ざかってきたわけです。</p>

<p><br />
そういうふうで、人間らしさをとり戻してきて、言葉も50位覚えるようになってきたのです。</p>]]>
        
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