排便を催す、つまり、便意とはいったいどのような仕組みによるのだろう。
再び『図解生理学』の「排便」の項を読んでみよう。
「直腸壁が糞便によって伸展され、直腸内圧が30~50mmHgぐらいに高まると、直腸壁に分布している骨盤神経を経て興奮が脊随および大脳へ伝えられて便意が起きる」
ふむふむ。
食べ物が胃に入ると、反射的に総蠕動で糞便が直腸に送られ、直腸壁が伸びることで便意が生じるのか。
「便意が起きると反射的に直腸の蠕動、内肛門括約筋の弛緩が起こって糞便が体外に排泄される。
これが排便反射defecationreflexといわれるもので、随伴症状として、随意的な腹圧の充進、声門を閉じて息をつめるなどの現象が加わってくる」
ここまで読んだなら、私たち、老人の排泄介助に関わっている者が見逃してはならない点に気づかねばならない。
それは、排便とは、すべて反射運動として記載されているということである。
反射という、自分の意志ではなくて自動的に行なわれるものである。
随意的に行なわれるものは、ただその反射を助けるために最終局面で行なわれる、「腹圧の尤進、声門を閉じて息をつめるなどの現象」、つまり、"ふんばる"という動作だけなのである。
となると、なるほど、直腸は糞便をためる器官ではなく糞便を排出する器官なのだ。
もし、こうした排便反射だけで排便が行なわれるのであれば、話は簡単である。
鳥のように空を飛びながら、牛のように歩きながら排便することになるから、便秘もないし、したがって、どうやって自然排便に近づけるか、なんてことも考えることはない。
その代り私たちは、社会性を失わねばならない。